TOPメイン - 目白駅から徒歩1分 堀田クリニック | 精神科・心療内科・カウンセリング・精神療法専門 目白駅から徒歩1分 精神科・心療内科・カウンセリング・精神療法専門  堀田クリニック

堀田クリニック

完全予約制(自費診療)
03-3565-7500

お知らせ

治療で大切にしている事

医師としてのテーマ

私が精神科医になる以前、今から20年以上前の研修医・脳外科医の時にさかのぼると、体・脳・神経の仕組みを医学的に学び、さまざまな現場で経験を積んで手技や技量を高めることに努める一方で、「医師としての良心とはどういうことか」「どのように熱意があることが大事か」等、模索する日々でした。

救急や手術の場面では、治療される人への感情移入はさておき、目の前の危険な状態を客観的に観察し、適切な技術を使って治療します。やがて身体の状態が落ち着く方向に向かえば、その人を人間として感じる度合いが増える、という感覚だったと記憶しています。

「脳」よりも「心」に興味を持つようになった私が、精神科医になったばかりの頃、上司に言われた「その人、本当はどうしたいのかな?」という言葉があり、精神医学の知識や技法を詰め込み、診察では客観的であろうとしていた当時の私にとって、印象深かったのを覚えています。

結局、治療を受ける人(クライエント)を、医学的に見立てていくことと、生身の人間として感じることが、どのように両立するのかという自分のテーマが続いていたと振り返ります。

「感じる力」について

やがて、カウンセリング・精神療法に魅力を感じて取り組む中で、クライエントの話に胸を揺さぶられるという体験が増えました。その自分の感受性には一体どういう意味があるのか、客観性を失うよくないことなのではないか、という疑問を秘かに持っていました。
当時いろいろなカウンセリングの知識や技法を学びましたが、なかなかしっくりくるものがなく苦しんだこともあり、自分がカウンセリング(教育分析)を受け始めました。

そのうち、診察で揺さぶられるという感受性は、余分なものがたくさんこびりついているにせよ、それらがそぎ落されていけば、当クリニックで目指す『治療』にとって必要不可欠な『感じる力』を磨いていくことになるのではないか、と思うようになってきました。

『感じる力』とは、理屈だけでは説明できない、ただ直接的・動的・全体的に感じるという、人間の持つ物事を直観する感覚と言えるでしょう。例えば、初対面で馬が合うかを察する「勘」、季節の移り変わりの微妙な変化を感じ取る力や「虫の知らせ」の感覚などは、その一端だと思います。

前述した私のテーマに戻ると、クライエントにしてみれば、ただ客観的に理屈で自分のことを言われても、頭でわかって気持ちで納得できないこともあるでしょう。また、「胸を揺さぶられた」治療者の良心や熱意も、その『感じる力』にこびりついた余分なもの(過度の自己評価の低さ・高さなど)への自覚が十分でなければ、押しつけ・的外れ・先回りなどが多くなってしまうと思うのです。

大切にしたい事

つまり、まず『感じる力』を磨いている上での客観性や良心・熱意ということなら、すべてが根っこでつながり両立できる、とテーマの答えとして腑に落ちる感じがするのです。磨き具合はまだまだですが、方向は定まった、という手応えがあります。

そして、治療者の『感じる力』こそ、クライエントの内面にある自然で純粋なものが動く瞬間をキャッチすることに役立つのだと思います。その結果、クライエント自身の『感じる力』が育まれ、自分の自発性をよりどころにして生きていく方向に変化していくと考えています。
そのやり取りは、「当院の治療方針」に書いた人間同士の深い交流、「院長あいさつ」に書いた自分・相手のことを体感的にわかることと、ほとんど同じ意味合いになります。時には、お互いの命の働きを感じて、祈るような気持ちやその働きへの感謝の念が湧いてくることもあるかもしれません。

当クリニックでは、治療者が『感じる力』を磨くほど治療者の良心・熱意の形が変化し、主観を突き詰めた先の客観性が増し、それとともにクライエントの『感じる力』により真の自発性が増していく、という考えを大切にしたいと思います。

当院の治療方針

治療方針を4つの項目に分けてご説明いたします。

1 苦悩・症状についての見方

一般的な治療

これまで私がたずさわってきた、精神科・心療内科での一般的な治療とは、以下のようなものです。
医師が診察し、症状を特定して分類し精神医学の病名・診断(うつ病・双極性障害・統合失調症・不眠症・パニック障害・強迫性障害・発達障害・パーソナリティ障害…等)をつけます。それをもとに、薬物療法や電気けいれん療法、認知行動療法などの専門技術を使い、症状を軽減や調整をすることを目的とした治療を行います。
また、他の資格を持った治療者(看護師・臨床心理士・精神保健福祉士・作業療法士など)が連携し、それぞれの専門的な技術(看護ケア・作業療法・心理療法・心理検査・社会制度や資源の有効活用・心理教育・家族療法…)によって、困り事に対しての解決法を提供します。

自分へのサイン

一方で、精神科医としての臨床を続けるうちに、私はある見方をするようになりました。
それは、苦悩や症状は、「日々の生活で直面する様々な出来事への、これまで身に付けてきた精一杯の対処法が行き詰まっている、という自分自身の内なる声(サイン)」であり、そのサインが自身の中で受け取られずに高じ過ぎ、例えばうつや不安・焦り等の心の症状、また、いろいろな体の症状の形をとって自身を苦しめている、という見方です。その時点では、治療者へのヘルプサインとも言えると思います。

つまり、苦しみや悩み、辛い症状を、治療者と治療を受ける人(クライエント)がともに、「今までの自分の生き方・あり方に対して違和感を覚えているというサイン」として受け取ってみて、「それを見つめ直して細やかにわかっていくこと」を、治療の方向性としたいと考えております。

2 診断する事の限界

心の症状(うつ・不安・焦り・怒り・恐怖・緊張・パニック・気分不安定・幻覚妄想・躁・希死念慮…)や原因の特定されない体の症状(頭痛・めまい・耳鳴り・喉のつまり・肩こり・胸の違和感・腰痛・下痢・便秘・震え・痛み・不眠…)、家庭や社会での人間関係上の悩み(親子、夫婦、親族、職場内外、ママ友、ネット上…)は、本当にさまざまです。
それは、人それぞれ今まで生きてきた道(年齢・性別・家族背景・生育環境・身体的素質…)が異なり、各々のパーソナリティが奥深く豊かな色合いを持っていることから来ている、と思います。

そして、例えば、地図をいくら詳しく見ても実際の旅行先での体験をすることは不可能であるように、症状を区別して分類し病名(診断)をつけることにどれだけ労力をかけても、「細やかに個々の人間の生き方・あり方そのものをわかっていく」ことには限界があり、むしろ早のみ込みになってしまう弊害があると思うのです。

3 薬物療法など

また、医師が行う、症状に直接働きかけて軽減する専門技術には、抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬などの薬物療法や、電気けいれん療法などがあり、対症療法として適切にこれらを使うことはある程度有効だと思います。苦悩・症状を取り除きたいと切実に願う方々に対して専門技術で応えることは、治療者の大事な役割であることは間違いありません。

私が違和感を覚えるのは、クライエントはともかく治療者が、専門技術を「クライエントの生き方・あり方を細やかにわかろうとする」方向を助ける道具として使うのではなく、むしろ前述のサインをきれいさっぱり取り除く手段としてとらえていると感じる時や、わかろうとする方向自体に興味がなさそうな場合です。
「難治性」という言葉がありますが、その中には、サインとしての症状を消そうとすることに重きを置きすぎ、上記の方向性がおろそかになっている部分があると思うのです。

4 治療者という立場

「細やかにわかる」が『治療』にどうつながるのかについては、「院長あいさつ」で詳しく書かせていただいたので省きますが、当クリニックでの治療方針は、クライエントが治療者の力を借りる形をとるものの、ともにこの世に生を受けた人間として、両者の間に深い交流が起きることを目指しているとも言えます。

治療者が持つ資格や免許自体が、交流を始めるきっかけにはなっても、人間同士の交流が深まることにどれほど役立つかどうかは疑問です。それよりもまず、治療者自身が自分を深くわかろうとする姿勢があって初めて治療者の立場をとることが出来る、と考えます。
そして、治療をどこまで望むかについての決定権は、治療者ではなくクライエント自身に全面的に委ねられる、とも思っております。

Page Top