苦悩に導かれて(二)個人的体験 | 目白駅から徒歩1分 精神科・心療内科・カウンセリング・精神療法専門  堀田クリニック

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苦悩に導かれて(二)個人的体験

苦悩に導かれて(一)に書いた、
「苦悩の元にあるネガティブな感情をコントロールしようとする方向ではなく、この苦悩自体によって救いに導かれていく」
という治療観は、2009年の夏に生じた僕の個人的な体験が元にあります。今回はその体験について書いてみようと思います。

その当時、心の苦悩の救いになるものは何かと興味を持ち、脳外科から精神科に転向して5年目、医師として10年目でした。精神科病院やクリニック、産業保健の現場でさまざまな臨床の経験を積んできていました。また、さまざまな学会や勉強会に参加して、神経生理学や精神薬理学、薬物療法などの生物学的な精神医学に基づく治療や、病態・診断論は大まかには分かってきていた頃でもありました。
そして、日本では精神科医が行う心理療法を精神療法と呼ぶことが多いですが、やがて個人精神療法に関心を持つようになりました。認知行動療法や森田療法などの精神療法を学んで、試しに臨床に取り入れたりもして、精神科医としてそれなりにやっている感覚を持っていました。

精神療法を学ぶうちに心の奥の無意識の世界に関心を持つようになり、学会では精神分析に関係するプログラムには積極的に参加していました。同時に、フロイト派の精神分析を学んでいる同僚もいて、そこから教育分析を受けることも意識し始めていました。
その頃、学会で精神分析についての話を聴いてもあまりぴんとこなかったという記憶があります。脳外科では身体管理や手術手技に没頭し、生身の体の奥深さを感じつつ育った僕の臨床感覚からすると、欧米の理論的言語を使って知的・客観的に臨床を語られるところが、しっくりこなかったのだと思います。
一方で、精神科医ではありませんが、故・河合隼雄先生の著作が非常に読みやすく、そこからユングの分析心理学にも関心を持ち、さまざまな著作を読んでいました。今思うと、河合先生は日本文化に根差した心理療法を模索され、ユングも東洋の文化に刺激を受けながら個性化や共時性・集合的無意識などの概念を発展させていった所に、親和性のようなものがあった気がします。

その時の自分の心の奥には、何か自分の現状へのしっくりこない感じ、焦りのような感情があったように記憶しています。脳外科医の終盤に抱いていた転向のきっかけとなった気持ちと似ているものだったかもしれません。
自分なりに認知行動療法のワークをやってみたりしましたが、奥に届くような実感は得られず、どこかで自分を客観的に観察することの限界を感じていたようにも思います。

そんなさなかに、受け持ち患者が続けて何人も自殺するという出来事が起きました。今までと違う深さの苦悩に落ちていくような感覚だったのを覚えています。
その時の自分を今振り返ると、罪悪感、自責、不安、恥、周囲への不信感、後悔、自己嫌悪、無力感、絶望感、虚無感…など、まさにネガティブな感情の詰め合わせの体験をしていたと思います。
何よりも、脳外科医として救急の現場で働いて、日常的に多くの死と接していた頃には感じたことのなかった気持ちであり、そういう困惑もありました。

内面が大きく揺らぎながらも、そのまま普段通り忙しく仕事はしていました。そこに僕の問題点である、完全主義的な部分がよく表れていたと思います。そのもがくような心中を察してくれたのか、年末の職場の飲み会の席で、近藤章久先生に教えを受けた同僚の先輩医師に声をかけられました。
それがきっかけで、脳外科から精神科に転向したばかりの頃に読んでいた「セラピストがいかに生きるか――直観と共感」という本を読み直しました。津川先生も含めた弟子たちが近藤先生の晩年(1999年逝去)にその生涯と治療観についての聞き書きを本にしたものです。

その本の中の「自殺と攻撃性」という一節にまさに自分のことが書いてありました。
研修医が自殺に直面することについて、
「自分を責めるほど人間は偉くない。人間の不完全性にもっと謙虚な気持ちを持たないといけない。自分が万能的であるべき、そうじゃなかったから責任を感じるということ自体が問題だ。非常に傲慢で凄く自我に捉われている。だからそこで、自分の我に気がつくことがとても大事だ。」
という内容が述べられていました。

今までも何度かは読んだはずの一節が、その時の自分にとっては非常に大きな衝撃であり、深い所に響くものでした。違う言い方をすれば、
この言葉に望みを見出した
という感じだったかもしれません。
これを読んだことで、近藤先生の弟子である津川先生に会ってみようと決心しました。そして、翌年の春から毎週1回のセッションを受け始め、現在に至っています。

この2009年の心的体験は、それまでにもいくつかの節目で大きな出来事にぶつかっては、その時なりに頑張って乗り越えてきたと自負していた自分――完全主義や自分への過度の厳しさが通用しなくなった、今までにない破綻に直面した出来事だったと思います。この体験に導かれて教育分析を受けることになり、自分の内面にある自縄自縛のあり方と本格的に向き合う日々が始まりました。

「徹底的に絶望して自分自身の無力さを感じた時に、そこから変わっていく、自分が支えられている、救われているということに気がつきます」
というのも近藤先生の言葉です。
自分を見ていくことに望みを見出して16年以上経過した今、縛られる形は個人個人で違っても、それぞれの無意識にある「我(が)」の自覚のプロセスの中で、自分の本心というものの実感――身体内部の感覚が深まってくる、本来の自然な生き方に導かれていく、と感じています。
次の稿ではそのプロセスの核になる、これを書いている今もあるこの腹部の張り――主観的不安について書いてみます。

2026年8月25日 記

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