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堀田クリニック

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お知らせ

藤田晶子

藤田晶子(ふじたあきこ)55歳

カウンセラー
勤務日:土

与えられた命を全うする時に、幾度となく訪れる困難が、自分自身を深く知る機会となっているのかもしれません。そんな時は、焦らずじっくりと、心と身体の声に耳を傾け、本来の自分を感じることを共にやっていけたら幸いです。

今日からはじめます

皆さま、はじめまして。堀田信二です。
僕が医師になって四半世紀以上が過ぎました。

「死んだら、この意識はどこに行くのだろう」
小学生のある日ふと浮かんだこの考えが気になり、頭から離れず、何とも言えない体の中がもやもやする感じもあり、その日の晩はまったく眠れませんでした。

やがて中学受験をして都内の中高一貫の進学校に入ると、文学書や哲学書を読み漁るクラスメートがいました。彼は高校に上がる前に教員と衝突して退学しましたが、中学二年の教室で会話している時に、
「真実を求めるんだよ」
という彼の言葉に、何か胸に来るものがありました。

そして大学受験をしていた時期に、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の作中の
「ほんとうのさいわいはいったいなんだろう」
という主人公のジョバンニのセリフに、なぜか必ず涙がこみ上げるのが不思議でした。

また、浪人時代に通っていた塾の小論文の授業のレポートに
「友人と親密になるほどに孤独を感じる」
と書いた部分に、採点官が「大事な感覚だ」とコメントをくれた事が、とても嬉しかったのが印象に残っています。

研修医・脳外科医としてスタートして、救急対応や手術、身体管理に明け暮れる日々を過ごす中で、
「このままずっとこれを続けるのだろうか」
という、心の奥の行き詰まりが次第に大きくなり、精神科医に転向しました。
精神科医療の現場では、診察で患者さんの話を聴いていて涙がこみ上げてくる感覚がある一方で、診断ありき、薬物療法中心の雰囲気やシステマティックな枠組みに対して、次第に違和感を覚えるようになりました。常に居心地の悪さを感じながらも、その流れの中に呑まれて過ごしていました。

2009年の夏、受け持ち患者が続けて何人も自殺するという出来事が起き、今までに感じたものとは違う深さの苦しみが表に出てきたように感じました。当時、夏休みに訪れて眺めていた南国の青い空や海と、心の中の暗さの妙なコントラストを感じていました。

その年の終わりに、先輩医師に声をかけられて津川クリニックのパンフレットをもらいました。偶然にも、転向したての頃に他の先輩の勧めで、近藤章久(故人)という先生の本を読んだことがあり、あとがきで、近藤先生に教えを受けた津川先生の存在を知っていました。ホームページの診察室で座ってこちらを向いている写真を見て、
「この人に心の内を見抜かれるのは怖い」
と感じたことがあったのを思い出しました。

翌年の春から、現在も続いている津川先生の教育分析を受け始め、この「治療」――僕が日々行っている精神分析の流れを汲む精神療法・カウンセリングに出会いました。
そして、目白の地で開業してこの治療に専念し、12年目になりました。

自分の内面の真実を追求する、そのために今ここ、生の人間としての自分をそのままに表現することは怖さをともなう、という感覚があります。教育分析を受け始めて1年ほど経過してから生じた、腹部の張りのような身体感覚です。
今では、この感覚があるからこそ、本心に触れていると分かります。日々の治療の場でも、この感覚があることを感じながら、クライエントの話を聴いています。

これまで、ケースカンファレンスや対外的なセミナーの場では、この治療についての発信をする機会はありましたが、もっと公の場でいつか表現したい、しよう、と思いつつ、なかなか表現できないまま長い時間が経ってしまいました。
今になってみると、無意識のうちに、公の場で内面の真実を生の言葉で表現することへの怖さがあったのだと分かります。

数年前、実際には来院歴のない人から、誤解を受けかねない内容の口コミを書き込まれた事がありました。昨年末、仕事上で知り合ったある人との雑談でその話題になった時に、開業以来10年以上もの間、自分の言葉で発信してこなかったという事実に改めて気づかされました。この気づきがあって、ようやく書き始める気になりました。

この治療についての発信は、学問的な装飾でもなくSNSでの演出でもなく、クリニックのホームページの場で、本心を表現する怖さ――お腹で感じるこの感覚とともに、より主観的に、リアルな、生の言葉で自分の中に湧いたものを書き記したいと思います。

そうしていくことで、幼い頃からの問いである、死んだらこの意識はどこに行くのか?人間の心の真実やほんとうのさいわいとは?について、その答えに近づいていく等身大の歩みを、読んでいただく皆さまに伝えていければと思っています。

2026年5月1日 記

心理療法とは何か(一)

「人は、表現することでより深く感じる」
「からだは嘘をつかない」
それが、僕がこの仕事を続けてきた中での実感です。

治療の場面で、僕の方で湧いた言葉を伝えた時に、クライエントが思いがけず泣くことがあります。また、クライエント自身が何かを話していて、同じように思いもよらず涙を流すこともあります。
その時、そこにクライエントの何か本当のものがありそうだと感じます。あるいは、クライエント自身が「自分はそう感じていたんだ」と言うこともあります。

先の実感の元になっているのは、僕自身が長い間教育分析を受けてきた中で、何かを話している時に思いもよらずジーンとした感じがお腹から湧いてきて、あるいは涙が出て、
「ああ、これが本音なんだな」
と分かる、という体験です。

「今日から始めます」という記事に、僕が分析を受け始めた初期に生じ、今では日常的に感じているお腹の張りの感覚について書きました。その次に、セッションの場面で、手足のしびれのような心地いい感覚が出現し、それがお腹の張りにつながっているのを感じた瞬間を覚えています。
神経系の異常を示す症状とは明らかに違う、自分が心理的に緩み始めたことを示す身体感覚だったような気がします。

「思ったこと、感じたことを思い浮かぶまま自由に話してください」
治療契約(守秘義務、頻度、料金、面談時間等)を結んだあとに、クライエントに必ず伝える言葉です。
初めの頃は、クライエントの話を聴く僕の方が、言葉だけを追いかけてしまったり、時には胸にジーンとくる感じがあったとしても、知的理解やイメージといった、首から上を中心として浮かんだ言葉で返答してしまったりしがちだったと思います。そして、その言葉が間違いではないとしても、結果として先回りになってしまうこともありました。

さまざまな経験を経て、聴いた言葉が自分のお腹に落ちてくるかどうか、あるいは、自分のお腹から湧いてくる言葉で返そうという態度に変化してきました。
そうすると、クライエントが思い浮かぶままに自由に話す言葉の中に(言葉が出ないという時も含めて)自然な部分と不自然な部分があり、その見分けがつきやすくなってきた気がします。知的な分析とは違う身体感覚としてとらえられることが増えてきた、とも言い換えられます。
不思議と、そういう僕自身の変化にともなって、クライエントの方でも冒頭の涙の体験に限らず、身体で納得する、腑に落ちるという頻度が増えてきたようにも感じています。

そういうやりとりの中で、精神分析の視点を用いて、クライエントの自然な所と不自然な所を見分けていく共同作業を治療(セラピー)と呼びたいと思います。
さらに、その不自然な所を失くそうとすることではなく、そのままに見ていくことで感じ方そのものが深まっていく。すると、不自然な所は次第にそれ自体の勢いを失っていき、自然な所である本来の感性の働きが回復されていく変化につながるのではないでしょうか。

心理療法、カウンセリング、精神療法、精神分析療法などの呼称は、それぞれの歴史的な背景や立場によりつけられていますが、治療の本質は特定の技法ではなく、上に述べた変化のプロセスであり、その変化はいつも、身体の方が少し先を行って導いてくれるものだと思います。

2026年5月18日 記

心理療法とは何か(二)

心理療法とは何か(一)で、治療について「精神分析の視点を用いて、クライエントの自然な所と不自然な所をそのままに見分けていく共同作業」と書きました。
また、身体の感覚によって導かれる所がある、とも書きました。

そこからの連想で、
「…実験でちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる」
という宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の一節が思い浮かびます。
この一節は、「今日から始めます」という記事に書いた同作中の「ほんとうのさいわいはいったいなんだろう」という言葉のすぐ後に出てくる部分です。

こころの中の本当と嘘とを「そのままに」見分けていくことは、簡単なことではないとも思います。なぜなら、こころの奥深い所や細やかな所は、未だに科学的な手法で直接観察できるわけではないからです。
「そのままに自分を見る」ということの本意は、客観的な観察や実験結果をベースにする科学的な態度とは対照的な、むしろ主観的なものを大事にしていくことではないかと考えています。
そういうセラピストの態度と、クライエント自身が同じく主観を大事にしていくこと、その両方が、こころという形のないものの真実、本当のものが明らかになっていくために必要不可欠ではないかと思っています。

あるクライエントの不自然な部分を指摘するやり取りになった時に、
「それが私のだめな所だ、と言われたように感じてしまう」
というレスポンスがありました。
僕の方では、少なくとも意識的にはそのつもりはなく、「それは意外だった」と伝え、それと同時に、僕自身も教育分析で問題点を指摘され、同じように感じた事が何度かあったことを思い出しました。
改めて、そういう風に感じるんだな、とこのクライエントのあり方への理解が深まったと感じた場面でした。クライエント自身もまた、だめな所だと感じてしまう自分のあり方を自覚する機会でもあったと思います。
さらに回を重ねたのちに、このクライエントが思いがけない涙を流し、「だめな所だと言われたように感じる」という罪責感こそが感じることへの抵抗であり、無意識になっていた自分自身への許せなさを自覚した出来事がありました。
そして、この体験と時を同じくして、日常生活の中で、例えば職場の上司や同僚に対して無意識に本心を抑えて相手に合わせていたという気づきが増え、結果としてそれが緩むという事が起きていました。

また、セラピストである僕自身の方も、主観で感じ取ったものが僕の不自然な所によって歪められている部分も当然あるはずです。
「あなたたちは、セッションで日々参禅しているようなものだ」
これは、僕が教育分析を受けている津川先生の師匠である近藤章久先生が、セラピストたちに向けて言った言葉です。
毎日クライエントと会う時に、相手の立場に身を置いてその言葉を聴き、その奥にあるものを身体的に感じ取ろう、と心がけてセッションに臨んでいますが、時間が終わって振り返ってみると、なかなかそうはなっていなかった――知的に理解していた部分があったのではないか、先回りの悪癖が出てしまっていたのではないか等――と感じることもたびたびあります。
あるいは、やり取りの最中にクライエントのある表現に対して、僕が応答した時にクライエントの雰囲気が変わり、僕のお腹からもやもやしたものが上がってくる感覚が生じて、自分の応答のずれに気づかされることもあります。

結局、そのままに見る、というのは、その時その時の主観そのものを徹底していく――身体内部の感覚で直接的に受け取ることだと思います。こころでこころを分かろうとする治療とは、クライエントの中にそういう感覚が育つことをサポートすることだと、僕は考えています。
例えば、これを書いている今も感じているこの腹部の張りの感覚は、僕自身の体験として唯一無二であり、だからこそ誰とも共有できないものです。クライエントの内面に生じる気持ちの奥にあるものも同じく、誰とも共有できない深さを持つものです。
内面に生じた気持ちを湧くままに言葉にして、そこにくっついている自責や自己嫌悪、恐怖などの感情をセラピストと一緒に見ていくことを重ねていきます。すると、次第にそれらに飲まれることが減り、そのものを見る態度が増えていきます。その時の身体内部の感覚をつかみ、そこに馴染んでいく――それが治療の中で起きていく変化だと感じています。

誰とも共有できないものを抱えた人間同士が、場をともにして、より主観を主観として感じていくやり取りをしていく。その営みが、こころの深い所へと導いてくれるのではないかと思います。

2026年6月5日 記

心理療法とは何か(三)

「治療というのは、要するにクライエントが本音で行きたい所へセラピストが一緒に苦労しながらついて行くということ」
これは、津川先生の師匠である近藤章久先生が晩年に残した言葉です。

僕自身の被分析体験を振り返ってみます。
自分の悩みや苦しみだけでなく、日常で様々に感じている事を表現することから始まり、無意識であった自分の思い込みや捉われについて繰り返し見ていく中で、行きつ戻りつがありながらも、少しずつその分かり方が進んできている、という手ごたえがあります。その繰り返しの中で、受け始めた当初の悩みや苦しみは次第に気にならなくなり、結果としてそのプロセス自体が治療になっていたと思います。
また、それとともに、以前は自覚していなかった本心・素直な気持ちが身体的に感じられてきている、という経過の中で、
「本当はどうしたいのか?」
「どう生きていきたいのか?」
「自分とは一体何なのか?」
「どこから来てどこに行くのか?」
ということも、少しずつ実感の度合いが深まってきた感触があります。もちろん、まだまだ奥がありそうだとも思っています。

僕がまだ精神科医になりたての頃、近藤先生の著作を読む中で出会い、強く印象に残っていた言葉があります。近藤先生が日本精神分析学会の第6回大会(1961年)のシンポジウムで語られた内容を、故小此木啓吾先生が近藤先生の没年(1999年)の学会誌に寄稿された追悼文の中で回想されたものです。

「治療者と患者が出会い、治療契約を結び、禁欲規則を守り、ともに治療を行う所まではフロイト派とまったく同じだが、そこから先に大きな違いがある。さまざまな幼児期体験の中で、自己の不安な存在を防衛するために無意識に一定の神経症的態度が作られ、この誤った自己像を価値づけ、真実の自己が疎外されているのが神経症の状態だ。応える能力(ability to respond)、応えること(respond)は、患者の人間としての存在の底に潜み、その底から呼びかけている真の自己の声(calling)に応答することだ。これが治療者の責任(responsibility)の深い意味である。この呼びかけと応答が、治療者と患者両者の絶えざる責任関係として深められ発展するのが治療関係である。それだけに治療者にとっての治療の場は、鏡のように客観的に観察する場ではない。むしろ、”responding to call, call and response”という関係であって、治療者が『第三の耳』を澄ませて聴くならば、その患者の願いが聴こえる。患者自身にunconsciousなものを我々は聴く。それを我々はsensitiveに聴き、respondする。我々は自分のイメージを押し付けるのではない。患者が本当に願うものにrespondする。そこから自然に技法というものが出てくる。」
——小此木先生はこの回想に続けて、「この治療感覚は、現在の私(小此木先生)の治療感覚とも大いに共通のものがあるが、あの当時も大きな感動をおぼえた。」と記しておられます。

また、近藤先生が同じ頃に学会誌に寄稿された論文には、直接教えを受けたカレン・ホーナイについて、こうあります。

「ホーナイの理解では、患者の症状の背後には不安があり、その底には神経症的な『仮幻の自己』によって圧迫され苦悶しながらも、『真の自己』を解放し成長させようとする願いが無意識のうちに潜んでいる。フロイト派がこの『真の自己』の成長と実現という価値に対して消極的な態度をとるのに対し、ホーナイは臨床的事実からその価値を積極的に提言している。治療者がそのような人間的本質への洞察と理解、愛情と尊敬を持つことこそが、治療関係の根底を支えるものである。」(本文を要約)

二つの文章はともに学術的な場で語られ、あるいは書かれたものでありながら、近藤先生の呼吸、息づかいが伝わってくるような言葉です。「精神分析」という言葉に連想される、どこか外科医のメスをイメージするような冷たい響きや、外部の対象をただ客観的に観察する態度にとどまらない、深い所から出てきている表現だと感じます。

最後に、僕なりにこの2つの文を味わった上で、心理療法とは何か、を表現してみます。

今の悩みや苦しみを取り除きたい気持ちから始まり、それらをそのままに見ていくことで、その奥にこそ本来の自然なあり方が息づいていると感じられてくる。つまり、治療とは苦悩を取り除くことが唯一のゴールなのではなく、それらに導かれて本来の自分が回復されていくことではないか。

今ここを生きている自分を感じる――呼吸をしている自分を感じる、心臓の拍動を感じる、胃腸が鳴るのを感じる。
そういう時に、自分の命のはたらきというものを感じます。自分が生きている、というよりも、与えられたものという感じがします。
声を発して言葉のやり取りをすることは、ともに呼吸する、息を吐く・息を吸うという、人間が生きることそのものに直結している営みだと思います。
僕自身を見るとまだまだ至らず途上だと感じますが、この実感が深まっていくことが、本来の自分を生きるあり方を取り戻していくことであり、与えられた命を深く味わうことにつながっている気がしています。

同じ生身を持つ人間としてのクライエントとセラピストが、場をともにして、このお互いの呼吸のやりとり、呼びかけと応答――コール&レスポンスの営みの中で、クライエントが表現する悩みや苦しみの言葉もまた、同じように呼吸から出てきたものとして命のはたらきを感じながら、クライエントが本来の自分を生きるあり方を取り戻していくことをお手伝いしたいと思っています。

2026年6月27日 記

※心理療法とは何か(一)(二)(三)参考資料
近藤章久著「セラピストがいかに生きるか――直観と共感」(春秋社)、「精神分析研究」1999年43巻2号、「精神分析研究」1961年7巻6号、宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」(千歳出版 古典名作文庫)*「第3次稿」が底本

苦悩に導かれて(一)ネガティブな感情

「心理療法とは何か」の記事で、今の悩みや苦しみを取り除くことが唯一のゴールではなく、それらに導かれて本来の自分が回復されていくプロセスこそ治療の本質だと考えている、と書きました。
悩みや苦しみの元になっている、一般的にネガティブとされる感情の奥にこそ、そこから救われていくための内なる呼びかけがあるのではないか、というのが僕の治療観の特徴の一つです。

思いつくままにネガティブな感情を挙げてみます。
イライラ、焦り、不安、緊張、怒り、悔しさ、恐怖、嫌悪、嫉妬、恥ずかしさ等は、どちらかというと頭で感じることが多いように思います。
もっと首から下の方で感じるものだと、悲しみ、寂しさ、疎外感、不満、落胆、憎しみ、恨み、屈辱、軽蔑、恥、後悔、罪悪感、劣等感、自己嫌悪、無力感、喪失感、絶望感、虚無感…挙げればきりがありません。もちろん、言葉のニュアンスの違いも含め、感じ方も個人差があると思います。

初回の面接で来られた方々に、これらの感情をなくしたい、そうならないように解決法を知りたい、と言われることがよくあります。苦悩の中にいて、それをなくしたい、解決したいという願望自体はごく当たり前のものです。
また、心理・精神的な治療をする人達の方でも、そういう気持ちを客観的に観察する、対処法を見つけて付き合い方を身に付ける等、最終的にはそれらの感情をどうにかしてなくそう・コントロールしようとする方向が一般的なようです。そうしてあげたくなる気持ちの元にも、人間として自然なものがあると思います。

そして、そういうコントロールしようとする方向が、一時的に苦しみや辛さを減らす手段として必要かつ有効な場合はあり、苦悩のさなかにいるクライエントの側が、その中から自分に合ったものを選ぶのも当然のことだとは思います。
一方で、その方向だけでは、さまざまな人間関係や状況で湧いてくるネガティブな気持ちが、いったい心のうちのどこから来るのか?という問いが一般化され、曖昧なままになってしまいます。その結果、その奥にある極めて個人的で自然なあり方へと導いてくれるものが、手つかずのまま残ってしまうと感じます。
もっとも、そこを曖昧なままにしておきたいという心理も、むしろ人間らしさの一部なのだとも思います。

クライエントには、初めのうちに、
「ネガティブな感情を減らす手段は、自分に合いそうなものを何でも試してみるといいと思う。僕はその手段を教えることには自信がないけれども、それらの感情を減らすだけではなくて、あなたの中のどこからくるのかを一緒に見ていくことは手伝えると思う」
と伝えることがたびたびあります。
僕のこの発言に対しての反応でセッションを継続するかどうかが分かれる、少なくともそこへの抵抗感が大きくない方が、継続を選ばれることが多いです。

そして、治療が開始された後の道のりでも、セラピストとクライエントの関係が深まっていくにつれて、今度はこの関係の中でクライエントの側にセラピストに対してさまざまな感情が湧いてくることになります。
治療関係で湧くこれらの感情は転移感情と名づけられていて、ポジティブなもの、ネガティブなものに分類されるのが一般的です。転移については別の稿に譲り、ここではネガティブな感情の方にフォーカスします。

こころでこころを分かろうとする治療とは、クライエント自身が身体内部に生じる感じをそのままに見る感覚が育つことをサポートすることだと考えている、と以前の記事で書きました。
僕自身のセラピーを受ける・する両方の経験を振り返っても、この感覚がすんなりと育っていくことの方が少ないと感じます。セラピーが進むにつれてクライエントの内面には、程度はさまざまですが、セラピストに対する不安や緊張、愛憎半ばする気持ち、盲信や不信感などが絶えず浮かんだり沈んだりして深まっていく、というプロセスになっていると思います。
治療関係という以前に同じ人間同士ですから、心の交流が深まるほどに治療者に対して治療を受けるきっかけとなったネガティブな感情を抱くのは、ある意味必然的なものかもしれません。
つまり、治療関係の中で生じるそういう感情もまた、それを直接セラピストに表現することによって、その奥にある自分の無自覚だった気持ちに気づいていく機会になると考えています。

治療が開始となった際には、すべてのクライエントに、
「今感じている事や思っている事を浮かぶままに話すことにもし抵抗感が生じたら、言わなくてもいいのでそこに注目してください。もし今後続けていく中で、僕に対して怒りやがっかり(異性の場合は失恋感情)などの気持ちが生じたら、話せそうなら話してください。少なくとも僕の方ではそれも含めて聴くつもりでいます。」
と伝えています。

さきほど書いたように、人間同士ということではセラピストである僕の方でも関係が深まるにつれてさまざまな感情が浮かびます。
逆転移と呼ばれるものです。それがどのような感情であろうとも、例えばネガティブな感情であれば、自分の内面のどこから出てきたか、自然な成分と不自然な成分はどうか、あるいはクライエントのどこに反応して生じているのかを探ろうとします。
つまり、クライエントとともに僕自身もまた、自分について分かる機会になるわけですが、そのように自己理解が進むことが、クライエントに対しての分かり方が深まることに連動しているという感覚があります。そういう意味でも、これらの感情は、クライエントとセラピストの両者をともに本心に導いてくれるものである、セラピーとはそういう共同作業であると感じています。

この稿で書いてきた、苦悩の元にあるネガティブな感情をコントロールしようとする方向ではなく、この苦悩自体によって救いに導かれていくという治療観は、僕が教育分析を受けるきっかけとなった個人的な体験に根差しています。それは次の稿で書いてみることにします。

2026年7月19日 記

苦悩に導かれて(二)個人的体験

苦悩に導かれて(一)に書いた、
「苦悩の元にあるネガティブな感情をコントロールしようとする方向ではなく、この苦悩自体によって救いに導かれていく」
という治療観は、2009年の夏に生じた僕の個人的な体験が元にあります。今回はその体験について書いてみようと思います。

その当時、心の苦悩の救いになるものは何かと興味を持ち、脳外科から精神科に転向して5年目、医師として10年目でした。精神科病院やクリニック、産業保健の現場でさまざまな臨床の経験を積んできていました。また、さまざまな学会や勉強会に参加して、神経生理学や精神薬理学、薬物療法などの生物学的な精神医学に基づく治療や、病態・診断論は大まかには分かってきていた頃でもありました。
そして、日本では精神科医が行う心理療法を精神療法と呼ぶことが多いですが、やがて個人精神療法に関心を持つようになりました。認知行動療法や森田療法などの精神療法を学んで、試しに臨床に取り入れたりもして、精神科医としてそれなりにやっている感覚を持っていました。

精神療法を学ぶうちに心の奥の無意識の世界に関心を持つようになり、学会では精神分析に関係するプログラムには積極的に参加していました。同時に、フロイト派の精神分析を学んでいる同僚もいて、そこから教育分析を受けることも意識し始めていました。
その頃、学会で精神分析についての話を聴いてもあまりぴんとこなかったという記憶があります。脳外科では身体管理や手術手技に没頭し、生身の体の奥深さを感じつつ育った僕の臨床感覚からすると、欧米の理論的言語を使って知的・客観的に臨床を語られるところが、しっくりこなかったのだと思います。
一方で、精神科医ではありませんが、故・河合隼雄先生の著作が非常に読みやすく、そこからユングの分析心理学にも関心を持ち、さまざまな著作を読んでいました。今思うと、河合先生は日本文化に根差した心理療法を模索され、ユングも東洋の文化に刺激を受けながら個性化や共時性・集合的無意識などの概念を発展させていった所に、親和性のようなものがあった気がします。

その時の自分の心の奥には、何か自分の現状へのしっくりこない感じ、焦りのような感情があったように記憶しています。脳外科医の終盤に抱いていた転向のきっかけとなった気持ちと似ているものだったかもしれません。
自分なりに認知行動療法のワークをやってみたりしましたが、奥に届くような実感は得られず、どこかで自分を客観的に観察することの限界を感じていたようにも思います。

そんなさなかに、受け持ち患者が続けて何人も自殺するという出来事が起きました。今までと違う深さの苦悩に落ちていくような感覚だったのを覚えています。
その時の自分を今振り返ると、罪悪感、自責、不安、恥、周囲への不信感、後悔、自己嫌悪、無力感、絶望感、虚無感…など、まさにネガティブな感情の詰め合わせの体験をしていたと思います。
何よりも、脳外科医として救急の現場で働いて、日常的に多くの死と接していた頃には感じたことのなかった気持ちであり、そういう困惑もありました。

内面が大きく揺らぎながらも、そのまま普段通り忙しく仕事はしていました。そこに僕の問題点である、完全主義的な部分がよく表れていたと思います。そのもがくような心中を察してくれたのか、年末の職場の飲み会の席で、近藤章久先生に教えを受けた同僚の先輩医師に声をかけられました。
それがきっかけで、脳外科から精神科に転向したばかりの頃に読んでいた「セラピストがいかに生きるか――直観と共感」という本を読み直しました。津川先生も含めた弟子たちが近藤先生の晩年(1999年逝去)にその生涯と治療観についての聞き書きを本にしたものです。

その本の中の「自殺と攻撃性」という一節にまさに自分のことが書いてありました。
研修医が自殺に直面することについて、
「自分を責めるほど人間は偉くない。人間の不完全性にもっと謙虚な気持ちを持たないといけない。自分が万能的であるべき、そうじゃなかったから責任を感じるということ自体が問題だ。非常に傲慢で凄く自我に捉われている。だからそこで、自分の我に気がつくことがとても大事だ。」
という内容が述べられていました。

今までも何度かは読んだはずの一節が、その時の自分にとっては非常に大きな衝撃であり、深い所に響くものでした。違う言い方をすれば、
この言葉に望みを見出した
という感じだったかもしれません。
これを読んだことで、近藤先生の弟子である津川先生に会ってみようと決心しました。そして、翌年の春から毎週1回のセッションを受け始め、現在に至っています。

この2009年の心的体験は、それまでにもいくつかの節目で大きな出来事にぶつかっては、その時なりに頑張って乗り越えてきたと自負していた自分――完全主義や自分への過度の厳しさが通用しなくなった、今までにない破綻に直面した出来事だったと思います。この体験に導かれて教育分析を受けることになり、自分の内面にある自縄自縛のあり方と本格的に向き合う日々が始まりました。

「徹底的に絶望して自分自身の無力さを感じた時に、そこから変わっていく、自分が支えられている、救われているということに気がつきます」
というのも近藤先生の言葉です。
自分を見ていくことに望みを見出して16年以上経過した今、縛られる形は個人個人で違っても、それぞれの無意識にある「我(が)」の自覚のプロセスの中で、自分の本心というものの実感――身体内部の感覚が深まってくる、本来の自然な生き方に導かれていく、と感じています。
次の稿ではそのプロセスの核になる、これを書いている今もあるこの腹部の張り――主観的不安について書いてみます。

2026年8月25日 記

苦悩に導かれて(三)主観的不安

前の記事に書いた個人的な苦悩の体験をきっかけとして、教育分析がスタートし、現在も続いているわけですが、この、自分の感じていることをそのままに見ていく――「我(が)」を自覚するプロセスが進むことで、どうして本来の自然な生き方に導かれると言えるのか、について書いてみようと思います。

僕が日常的に感じている腹部の張りの感覚――主観的不安は、自分の本心を探る時の目印でもあり、治療観の核となるものの一つでもあります。今これを書いている時にも、この感覚がある状態から湧いてくるものを書くように努めています。この感覚があるからこそ奥に本心があると分かる、と書いてもいいかもしれません。

この腹部の張りは、津川先生に教育分析を受け始めた翌年、2011年の夏ごろから胃の部分に生じた感覚です。当時は軽い胃潰瘍か何かがあるのではないかと心配したり、現在では「機能性ディスペプシア」という診断名となっている神経性胃炎の症状や、漢方で言われる「胸脇苦満」という症状ではないかと思い、胃薬や漢方薬を飲んでみたりしました。
分析の場で津川先生にこの感覚を話題にしたところ、
「それは主観的不安だよ」
と言われました。

それから現在に至るまで、この張りの感覚とともに内面を見ていく歩みを進めてきたという感じです。出現した当初は、この感覚にはある種の不快感をともなうことが多かったのですが、この張りと付き合っていくうちに、これがあること自体が自然だと感じるように変化してきました。
別の言い方をすると、この張りがない場合、今自分は頭だけで考えたり意識性にとらわれたりして内面に向かっていないのではないか、身体内部の感覚が閉じているのではないか、とチェックする目印になっています。実際に、その時々での強弱はあるものの、この感覚がある時間も徐々に長くなっていきました。
その過程では、分析を受けるだけではなく、分析を受ける前から自分なりに呼吸法を工夫してやっていたことや、やがて近藤先生が考えたという呼吸法を教わって毎日朝晩と継続してきたことも、その変化の助けになっていると思います。初期の頃は、呼吸にともなう身体の感覚を感じていると、感じられていなかった主観的不安が出現してくる、ということもあったことを覚えています。

この張りを自覚してみると、一般的に不安や緊張と呼ぶ感覚――冷や汗が出る、赤面する、ドキドキする、手や声が震える、という時にはっきりとは感じてはいないものの、奥にはこの張りの感覚があり、そこにとどまらず溢れ出たように感じます。
また、怒りや恐怖といった強い感情や、人間関係で認められていない・好かれていない・見放されている・見下されている等の気持ちは、その最中にはそれらの感情に呑みこまれて主観的不安からさらに離れていますが、やはり奥にはこの感覚があったと感じられます。
日々のセッションでクライエントと話していく中でも、当初は前述のような不安や緊張が溢れた状態に困っているという話題から始まります。そして、一緒にそういう気持ちを見ていくうちに、徐々に溢れる・呑まれることが減っていき、人それぞれの違いはありますが、その人独自の身体内部の感覚の自覚が増してくるという変化が起きてくると感じます。

僕の個人史をさかのぼると、3-4歳の幼稚園の入園前の健康診断か何かの時に、目に映るものすべてが怖くて泣きじゃくった記憶があります。入園後にも、周囲に馴染めない心細い感じ、気後れする感覚を覚えています。
また、少年時代、思春期から20代にかけても「何か違う、何か違う」という焦りに似た感覚が、常に心の底に流れていたように振り返ります。
振り返ると、当時はまったく感じていませんでしたが、これらの感覚の奥には主観的不安の存在があったような気がします。

この主観的不安は、津川先生から教わったものですが、元は近藤先生から教わったものだとのことでした。
「不安というのは氷河のクレバスのようなものだ」
と言われていたとも聞いています。
分厚い氷の下に大地があり、そこに降りていく入り口となる裂け目がクレバスです。以前の僕は、普段の生活で氷の上の世界こそが生きていることであると思い込もうとしていたと思います。たまにこのクレバスが目に入るとそこに落ちないように努力すること、あるいはそこに落ちたとしても高い所に上ろうとすることこそが安心・安定につながる、と思い込んでいることから焦りが生じていたのだと思います。

16年間教育分析を受け続けていく中で、この主観的不安を軸に、前稿(二)の「個人的体験」の時に表面化したさまざまな層のネガティブな感情に呑まれることが減り、それら自体を感じていく方へシフトしてきていると感じています。それとともに、それらの感情を引き起こしていた、今まで無自覚だった思い込みや自縄自縛のあり方が、日常のいたるところで自覚されるようになってきています。気がつくと、以前あったものは減ったり緩んだりしているとも感じています。
また、この主観的不安自体はある種の身体感覚ですが、ここ数年のうちに、その根っこの部分が下腹部――ちょうど丹田と言われるあたりにあるように感じられてきました。それとともに、自分が今どう感じているのか?と内面に注意を向けると、丹田のあたりから湧いてくるということを時々体験します。
それらの体験を通して、主観的不安とともにある、ということこそ、クレバスの下へと降りていく、本来の自然な生き方に導かれていくということではないかと感じています。

2026年9月14日 記

苦悩に導かれて(四)近藤章久先生と孤独

今回は、
主観的不安は一体どこから来るのか?
本来の自分・自然な生き方とはどういうことか?
ということを書いてみたいと思います。

「誰とも共有できない深さを持つもの」
以前の記事で、僕の腹部の張りの感覚――主観的不安や、クライエントの内面に生じる気持ちの奥にあるものについて、こう書きました。

自分の感じていることというのは、言ってみれば主観です。それをそのまま表現しようとする時に、
「今自分が感じていることを同じように感じている人は自分の他には誰もいないのではないだろうか?」
という不安の感覚は、自覚する・しないにかかわらず、本来は必然的にともなうものなのでしょう。
それが、腹部の張りという身体感覚として、つまり、分かりやすく主観的な形で感じられているのではないでしょうか。この「誰とも共有できない感覚」こそ、主観的不安の元にあるものだと思います。

教育分析を受け始めて数か月経った頃、「近藤章久記念7・20精神療法セミナー」に初めて参加した時のことです。津川先生がケース発表をされていて、問題意識として「涙の体験と潜在している孤独・無力感」を挙げ、
「近藤先生が治療者の心構えとして『相手の一点を直観しろ』と言われていた一点とは、それぞれの人の孤独・無力感と言い換えられないだろうか」
という主旨のお話をされていました。
その時の「孤独感」という言葉が、何となく頭の隅に残っていました。

その翌年、2011年2月に近藤先生の13回忌の集まりがあり、近藤先生に対して、「この人は本物だ」と感じた体験がありました。その会の中で、晩年の近藤先生が発言された録音(1994年のセミナー)を聴いた時のことです。以下は、その録音からの抜粋です(原意を損なわない程度に編集しています)

「本当の意味での安定は、誰かに受け入れられることでも、何かの手法によって得られるものでもないのです。深い所にある、ひとりひとりの人間としての本質的な孤独に直面して、それを引き受けていくことでこそ、深い安定、腹の底から『生きた』という感じにつながっていくのです。この深い孤独感を、誰もがどこかで無自覚にして防衛しているのです。」
「孤独感に直面して初めて、自分に与えられた命の意味を本当に感じる――今まで自分だと思っていた自分に死んで、本当の自分に生きるのです。」

これを聴いた時、孤独感という言葉が耳から入って体の芯を揺さぶるような強烈な感覚を受けたのを覚えています。抜粋を続けます。

「人間は一人で生まれて一人で生き、一人で死んでいきます。人間は孤独な存在だから強く、つながりたい、と思うのです。それは人間の一番深い所にあり、それが人間を信頼させ安心感を持たせるのです。それは治療の場で、生き生きとあなた方の身と心を通じて出てくるものです。」
「私と患者さんとの間の共通な地盤――ともに生かしてくれる大きな力の存在を感じて、それがあるが故につながっていると私は感じるのです。それを患者さんも感じてくださることもある。そういう体験から私は申し上げていて、教条的に言ってるわけではありません。どうか権威的な言葉として受け取っていただきたくないのです。」

当時、目をつぶってこれらの言葉を聴きながら、その声の一言一言が、細かい粒子のように全身の皮膚から体の奥にしみこんでくるように感じていました。帰り道に一緒だった参加者に、しみじみと「孤独の話が良かった」と話したことを記憶しています。

思春期に、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の一節で、主人公が「石炭袋」と名付けられている暗黒星雲の深い暗闇に怖さを感じつつも、「ほんとうのさいわいを探しに行く」と決意を語るシーンでなぜか泣けてくる感覚がありました。また、予備校の小論文の授業で「友人と親密になるほどに孤独を感じる」と書きました。
もっとさかのぼれば、幼少期から周囲に馴染めない感じ、少年時代も何か周りとずれている感じがありました。ただ、それらの記憶はつながりを持っていませんでした。
今になって振り返れば、孤独感というものが、言語化するどころかそれとして感じることもできないまま、ずっと自分の心の奥にあったのだと思います。そういう孤独を感じることへの不安がまだ腹部の張りとしても感じられることなく無意識のうちにあり、それが、心もとなさやその後の焦りのような感覚を生じさせていたのではないかと思います。

近藤先生の言葉を聴いた時に、この孤独感こそ、それまで自分が生きてきた中で、なんとなく心の奥にずっとあったものだと得心したような、目を開かされたような思いでした。深い、静かな感動の体験でした。
当時のメモにはこう書きました。
「この人は本当のことを言っていて、それをよりはっきりさせてもらう感じ。本当に体験を話している凄みのあるものだった。絶対的な孤独が見えなくなることによる空虚さを分かっている。」
この時生じた近藤先生に対する敬意・尊敬の念は、今まで誰にも感じたことのないものでした。

あれから15年以上経ちました。しばらくして生じた主観的不安を手掛かりに、自分の奥底に潜む孤独感を意識しつつ自己観察を続けてきて、年月をかけてゆっくりと深まってきている感触はあります。
時を経た今、近藤先生が体験された深い境涯にはまだまだ遠いと、ますます感じるようになっています。その一方で、以前に比べるとネガティブな感情が溢れる、あるいはそれらに呑みこまれてしまうことは減り、それらの奥にある孤独感が近くなってきているような気がしています。
それとともに、呼吸法をしている時や自然の中にいる時に体の中を巡る気の流れを細やかに感じる、味噌汁や日本酒に今までにはなかったしみじみとした味わいを感じる、日々のセッションで言葉にならない何かが僕とクライエントの間で流れているのを感じる等、以前よりもそれぞれの実感が少しずつ増してきていると感じています。

主観的不安と付き合って内面の孤独感を引き受けていく、という方向をどこまで追い求めていくかは個人の好みだとは思いますが、少なくとも僕自身はまだまだその欲求が尽きません。あるクライエントに「なぜそんなに自分を発見したいのか」と問われて、「そこに居場所があるような気がする」という言葉が自分の口をついて出たこともあります。
ただ、この僕自身の孤独感の深化が、不思議なことに、治療の場で出会うクライエントの当初のネガティブな感情が変容して気にならなくなっていくプロセスを手伝うことには役に立っている、むしろ、その僕自身の深まりによってしか手伝うことはできない、とも感じています。

雨が山に降って川となり海に注いで雲となる、季節の移ろいで葉を落とした木々がまた芽吹いていく――僕たち日本人は古くから、そうした自然の営みを自分と切り離して対峙するものとしてではなく、自らもその中にある一体のものとして親しんできました。
そういう精神性・感受性と、心の奥にある実存的な孤独の深まりの先にある、我々を超えたものに生かされているという実感は、深さの違いこそあれ同じ根っこを持つものではないかと感じます。
つまり、そういう自分の「生」を実感する体験は、特別な人に限られたものではなく日常を生きる僕たち個人個人の心の底にあり、常にその入り口は開かれていると思います。そして、日々の生活の中で大なり小なり生じる悩みや苦しみにこそ、その体験へと導いてくれる内なる自然からの呼びかけという意味がある、と感じています。

2026年10月1日 記

※苦悩に導かれて(一)(二)(三)(四)参考資料
近藤章久著「セラピストがいかに生きるか――直観と共感」(春秋社)、「第12回近藤章久記念7・20精神療法セミナー(1994年)」録音、「第28回近藤章久記念7・20精神療法セミナー(2010年)」録音、宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」(千歳出版 古典名作文庫)

松本充彦

松本充彦(まつもとみつひこ)42歳

カウンセラー
勤務日:日

自分はどうしてこういう生き方なんだろうか?このことが不思議でなりませんでした。今は、自分のことを深く知り、より自分らしく素直に生きていきたいと思っています。皆さんと一緒に「自分らしく生きる」ことについて考えていけたら嬉しいです。

高橋英子

高橋英子(たかはしえいこ)41歳

カウンセラー
勤務日:金・土

本当の自分らしさを感じられた時、その感覚で人やあらゆる事と繋がれた時に、大きな喜びを感じています。自分について考え、感じる時間を共に歩んで行けたらと思っています。

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