心理療法とは何か(一)
「人は、表現することでより深く感じる」
「からだは嘘をつかない」
それが、僕がこの仕事を続けてきた中での実感です。
治療の場面で、僕の方で湧いた言葉を伝えた時に、クライエントが思いがけず泣くことがあります。また、クライエント自身が何かを話していて、同じように思いもよらず涙を流すこともあります。
その時、そこにクライエントの何か本当のものがありそうだと感じます。あるいは、クライエント自身が「自分はそう感じていたんだ」と言うこともあります。
先の実感の元になっているのは、僕自身が長い間教育分析を受けてきた中で、何かを話している時に思いもよらずジーンとした感じがお腹から湧いてきて、あるいは涙が出て、
「ああ、これが本音なんだな」
と分かる、という体験です。
「今日から始めます」という記事に、僕が分析を受け始めた初期に生じ、今では日常的に感じているお腹の張りの感覚について書きました。その次に、セッションの場面で、手足のしびれのような心地いい感覚が出現し、それがお腹の張りにつながっているのを感じた瞬間を覚えています。
神経系の異常を示す症状とは明らかに違う、自分が心理的に緩み始めたことを示す身体感覚だったような気がします。
「思ったこと、感じたことを思い浮かぶまま自由に話してください」
治療契約(守秘義務、頻度、料金、面談時間等)を結んだあとに、クライエントに必ず伝える言葉です。
初めの頃は、クライエントの話を聴く僕の方が、言葉だけを追いかけてしまったり、時には胸にジーンとくる感じがあったとしても、知的理解やイメージといった、首から上を中心として浮かんだ言葉で返答してしまったりしがちだったと思います。そして、その言葉が間違いではないとしても、結果として先回りになってしまうこともありました。
さまざまな経験を経て、聴いた言葉が自分のお腹に落ちてくるかどうか、あるいは、自分のお腹から湧いてくる言葉で返そうという態度に変化してきました。
そうすると、クライエントが思い浮かぶままに自由に話す言葉の中に(言葉が出ないという時も含めて)自然な部分と不自然な部分があり、その見分けがつきやすくなってきた気がします。知的な分析とは違う身体感覚として捉えられることが増えてきた、とも言い換えられます。
不思議と、そういう僕自身の変化にともなって、クライエントの方でも冒頭の涙の体験に限らず、身体で納得する、腑に落ちるという頻度が増えてきたようにも感じています。
そういうやりとりの中で、精神分析の視点を用いて、クライエントの自然な所と不自然な所を見分けていく共同作業を治療(セラピー)と呼びたいと思います。
さらに、その不自然な所を失くそうとすることではなく、そのままに見ていくことで感じ方そのものが深まっていく。すると、不自然な所は次第にそれ自体の勢いを失っていき、自然な所である本来の感性の働きが回復されていく変化につながるのではないでしょうか。
心理療法、カウンセリング、精神療法、精神分析療法などの呼称は、それぞれの歴史的な背景や立場によりつけられていますが、治療の本質は特定の技法ではなく、上に述べた変化のプロセスであり、その変化はいつも、身体の方が少し先を行って導いてくれるものだと思います。
2026年5月18日 記
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